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東京地方裁判所 平成4年(ワ)18847号 判決

原告

高綱浩

右訴訟代理人弁護士

塚田成四郎

被告

株式会社ジャパンハイメカ

右代表者代表取締役

佐藤勝朗

被告

佐藤勝朗

右被告ら訴訟代理人弁護士

内田成宣

主文

一  被告株式会社ジャパンハイメカは、原告に対し、金六二万円及びこれに対する平成四年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社ジャパンハイメカに対するその余の請求及び被告佐藤勝朗に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告に生じた費用の二分の一及び被告佐藤勝朗に生じた費用は原告の負担とし、原告に生じたその余の費用及び被告株式会社ジャパンハイメカに生じた費用は被告株式会社ジャパンハイメカの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、金六二万円及び平成四年九月一九日から右金六二万円の支払済みまで一日金五万円の割合による金員(予備的に金六二万円及びこれに対する平成四年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員)を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告株式会社ジャパンハイメカ(被告会社)に雇用されていた原告が、被告会社に対し、未払賃金及び交通費の立替分とこれらに対する遅延損害金(遅延損害金については、主位的に平成四年九月一六日の合意、予備的に民法の規定に基づき)の支払を求め、被告会社代表取締役である被告佐藤に対し、その職務執行につき悪意又は重大な過失があるとして商法二六六条の三に基づき、右請求と同額の損害金(右遅延損害金分については、主位的に商法二六六条の三に基づく損害金、予備的に民法所定の遅延損害金として)の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、平成四年六月一五日、被告会社との間で雇用契約を締結し、同月二二日から同年八月二〇日に就労をやめるまでの間、被告会社のために就労していたものである(契約締結日、就労開始日は〈証拠略〉による。)。被告会社は、原告に対し、その間の賃金を全く支払わなかった。被告佐藤は、その当時から被告会社の代表取締役であったものである。

2  被告会社は、原告に対し、未払賃金及び交通費の立替分として一二二万円の債務を負担しており、平成四年九月上旬、原告に対し、これを同月一四日までに支払うことを約したが、右約束は履行されなかった。しかし、被告佐藤は、被告会社の従業員室井弘に対し、右一二二万円を同月一八日には原告に支払うことができる旨を申し述べていた。

3  被告会社は、平成四年一〇月上旬、登記簿上の住所地にあった事務所を引き払い、現在、事実上業務を停止している。

4  原告は、平成五年二月九日、室井から、右一二二万円のうち六〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  室井は、平成四年九月一六日、原告に対し、被告会社の代理人として、被告会社が右一二二万円を同月一八日までに支払うこと及び右不履行の場合、一日五万円の割合による遅延損害金を支払うことを約束(以下「本件合意」という。)したか。

室井に右代理権が授与されていないとすれば、常務取締役と称するなど室井に表見代表取締役(商法二六二条)に該当する事実があるか。

2  被告佐藤につき、商法二六六条三の責任が認められるか。

この点に関し、原告は、次のとおり主張している。被告会社は、当初から賃金を支払えない経済状態にあり、かつ、支払う意思もないのに、原告を雇用し、賃金等を支払わなかったため、原告は、これと同額の損害を被った。このことは、被告佐藤の代表取締役としての指示に基づくものであるから、被告佐藤の職務執行には悪意又は重大な過失がある。また、被告会社は平成四年九月一八日に一二二万円を原告に支払える客観的な状況にはないのに、被告佐藤は、室井に対し、確実に同日にはその支払ができる旨の発言した。そのため、室井は、これを信用して、損害金の約定を含む本件合意をなしたが、被告会社はこれを履行しなかった。したがって、被告佐藤の右発言には悪意又は重大な過失があり、右発言と本件合意による約定損害金相当額の損害との間には相当因果関係がある。

第三争点に対する判断

一  争点1について

(証拠略)(平成四年九月一六日付け念書)には、本件合意の内容に副う記載があるが、(〈証拠・人証略〉)によると、(証拠略)における被告会社代表取締役佐藤勝朗(被告佐藤)の記名印と被告会社の代表者印は、同号証作成当時被告会社従業員であった室井が被告佐藤の承諾を得ず独断で押捺したものであること、同号証の記載も室井の手によるものであるが、これについては、事前、事後を問わず、被告佐藤の承諾を得たものではないこと、被告佐藤は、室井に常務取締役の肩書を使用することを許容していたが、実際には、室井は、被告会社の役員ではなかったこと、被告会社においては、室井に本件合意をなす権限はなく、本件合意をなすには被告佐藤の了解を得る必要があったこと、原告は、室井が被告会社の役員でなく、本件合意をなすには被告佐藤の了解を得る必要があることを室井から聞いて知っていたこと、以上のことが認められる。そうすると、室井が本件合意の代理権を有しないこと、本件において表見代表取締役の規定の適用がないことは明らかであり、被告会社に対する約定損害金請求は、排斥を免れない。

二  争点2について

原告は、被告会社が原告を雇用した当初から、原告の賃金を支払えない経済状態にあり、かつ、支払う意思もなかった旨を主張しているが、本件においてこれを認めるに足りる証拠はなく、被告佐藤の代表取締役の職務について悪意又は重過失があったことを認めるに足りない。したがって、商法二六六条の三に基づく損害金六二万円及びこれに対する民法所定の遅延損害金の請求は理由がない。

なお、被告佐藤に対する一日五万円の割合による損害賠償請求については、前記理由により原告、被告会社間に本件合意が成立していないから、理由がないことは明らかである。

三  まとめ

以上の次第で、原告の請求は、被告会社に対し、未払賃金及び交通費の立替分の残額六二万円及びこれに対する弁済期経過後である平成四年九月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、被告会社に対するその余の請求(約定による遅延損害金の請求)及び被告佐藤に対する請求はいずれも理由がない。

(裁判官 小佐田潔)

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